C婦人


平均以上の美しさと知性、そしてどこか物憂い様子。彼女には男性からかなり頻繁に悪く無い声が掛かったが、男性達を駆り立てたのは彼女の魅力よりも次のような口癖だったと云っても過言ではないだろう。「でもわたくし、自分が本当に愛しているのはどなたなのか、よくわかりませんの。」そうすると相手は例外なく、並み居る男達に先んじて、この淑女の愛を勝ち取ってみせようと息巻き、次のように高らかに宣言する。「ならば私があなたの本当の恋人になれるまで、どうぞお側に置いてください。」本当の恋人どころかお友達の域も出られないと分かって身を引く者も居たが、それでも片手では足りないほどの『保留』が常に婦人の周りに集い、こぞって彼女を讃え、彼女に見とめられようと奮闘しているのだった。
そんなわけで彼女は周囲の婦人方からやっかみを買ったが、例の決まり文句はまったくの嘘ではなかったらしい。どれほど彼女を愛して尽くす男性が現れて、彼の家柄や財産や身分が結構なものであったとしても、婦人は「本当に愛しているかどうか分からない」が故に結婚へと踏み切らず、疎遠になりかけても繋ぎとめるのを躊躇った。名士は縁談になど事欠かないから、然程長く経たないうちに名家の令嬢と華やかな結婚式を挙げる。何処からともなく流れてくるかつての恋人の話を頭の中でこねくり回しながら、C婦人は保留中の名士や美男に囲まれて、一層物憂く、孤独そうな顔をするしかなかった。
 やがて彼女の美貌が時とともに平均的に衰えていくと、取り巻きの男性達は一人また一人と減っていった。婦人が理解出来無い喪失感と虚しさに心身を病んで入院すると、訪問客はぱったりと途絶え、彼女の容態は見る見るうちに悪化の一途を辿った。閑散とした病室の中、彼女は若かりし頃に自分を誉めそやした男達の事ばかり考えて日々を過ごした。どうして今日も誰一人私を訪ねにこないのだろう?数々の熱い眼差しは?咲き誇る花のように芳しい愛の言葉は?甘い香りの閉じ込められた恋文は?

 知性と肉体が時の河に沈没するよりは前、しかし人生を思いのままに楽しむには遅過ぎる或る日、彼女はかつて自分の周りに居た男性のうち、誰の顔も明確に思い出せないことに気付いた。



先が思いやられるシリーズです(笑)  

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