新章開幕、光の喝采






 薄い黒のカーテンが少しだけ光を透かしている。静かな夜の帳に似た(そう、絶対に見えて簡単にそれは破られる)ヴェールは、風に揺られることも無く厳かに垂れ下がっている。多分外は雨……音がしないから小雨くらいなんじゃないだろうか?いつからかこんなに陰気で幽かな光しか無かったのか、もう思い出せない。同様にして、室内のこの沈黙。始まりも終わりも、其処に居るくせに想像がつかないのはおかしいことだろうか?



 人間工学にちっとも基づかないけれど飛び切り洒落た椅子が、テーブルを挟んで二脚。俺は其処に踏ん反り返って宙を見つめ、絶え間なく煙草を喫 (の)む。目の前では君が背筋を伸ばして本を読み続けている。俺は時折姿を複写するように観察し、なにひとつ傾いでいないことを確かめる。髪から面から睫の一本まで揺らがない。厳格な、確固たる美を感じる。生きていないみたいだけど、なかなかイイ。

 嫌煙家の眼前で煙草を半箱も空けるのは単純な嫌がらせなんだけど、君は集中のあまり微動だにしない。いい加減こっちが溜息を吐きたくなってきた。それでも俺は懲りずに、七本目の煙草に火を着ける。


 カチン!じぼっ、じじ……カチン!


 もうなんだかどうでもよくなってきた。ただ途切れさせる気にならない。



 俺が大きく伸びをする度に、椅子がぎぃと軋む。時折、タイトルさえ知らない本の頁がめくられ、乾いた音がやけに大きく聞こえる。それでも何故か沈黙は破られない。その理由は結構簡単だ。其処には意思が存在していないから。




 椅子、紫煙、読書、倦怠、薄明り、煙草、椅子、俺、君、指、
 倦怠、煙草、紫煙、読書、頁、沈黙、俺、君、指、頁、沈黙。

 この世には大体それだけ。



 なかなかsexyだと思った?


 だったらいい加減こんな本を読むのは止めて、
 どうかその月色の顔を前に座っている俺に見せてくれない?


 そしてひとつ聞いてくれないかな、ああ、この本は閉じてくれる?
できたらテーブルの上に手でも乗せて、少しくつろいで、俺の目を見て。


 陳腐かもしれないけど、俺にとっては結構洒落たアレゴリィだよ。











 あるとき、


 内側で、音が弾けた。


 あらゆる原因はそれに先立つ原因を必要とする。無限の彼方には第一の原因があって、全ては其処から始まるのだという。大抵その実在は誰も確かめる者が居らず、憶測の域を出る事が無いものがほとんど、だけど、



 あるとき自分の内に芽生える第一の原因くらいは、把握することが可能な筈だと、俺は思う。


 言葉、或いは楽器を用いてその音を表現することが可能か否かといわれると、そこは窮するところだ。
 でもそれが「音」だということは分かる。


 しかもその音が何処かからの振動ではなく、

 今、
 此処で、
 俺の中で。
 そう、此処で。


 突如として弾けたものだということも、分かる。


 ひどくゆっくり瞬きをしたのを覚えている。既に内側で暴れまわっているものに、分かっているとでも言うように。そしてその存在を確かめるように、今度は意識的に弾けさせる。何度も、何度も、何度も。



 ぶれて、広がって、やがて流れ出して、止まることなく駆け抜けていく。
 内側にそれを孕む俺もじっとしてはいられない。
 衝動のまま動き出すとき、全身が風より速く駆ける翼と化すのを感じる。



 そして気付いたとき、俺は はじけ、 ぶれ、 ひろがり、 ながれる、  音  になっていた。


 それ自体は触れない。でも確かに存在していて、凄く影響力を持つもの。


 音の流れの中で音になって、俺は何故だか泣いていた。




 始まりには、譬え様も無い恍惚があることを俺は知っている。全てが始まる瞬間、そこには計り知れないエネルギーの爆発、それから生まれたことと生きていくことに対する震えにも似た喜びがある。


 時々俺は人が予想もつかないようなことをやりだして驚かれるけど、ああいう行動の始まりは全て、内側で弾ける音だ。




 頭の、眼の、胸の、指の、細胞のなかで。



 「      ――――!!」




 わかる?





 ある日、混沌から幕が開ける夢を見た。


 冷え切った瓦礫が無数の鳥になって空高く舞い上がる。耳に心地よい羽音は止むことがなくて、羽ばたきの勢い余って抜けた羽がずっと降っていた。骨の髄まで震えるような空気を裂いて光が降り注いでいて、俺の居るところは眩暈がするほど明るい。レンブラント光線って言ったっけ?あれのもっとスケールが大きいやつ。そして俺の手の中には確かに、羽でなくて翼が握られていた。ちょっと残酷みたいだけど、とても嬉しかった。まるでそれがチケットみたいで。何のチケットかなんて言うのは無粋だけど。


 君に比べれば俺は哲学的でもないし、形而上学にも詩句にも信仰にも疎い。それでもこんな夢を越えた景色が、今まで知らなかった場所へ導いてくれる。驚嘆と感服、やっぱり体は震えるだろう。



 俺が眩しさと嬉しさに眇(すが)めたところで夢は終わった。丁度あそこの黒いカーテンの隙間から強烈な朝日が差し込んでいた。


 デジャヴュみたいに目を眇めても今までと何一つ変わらなかったけど、でも。


 俺の中で音とあの白い鳥の羽ばたきは、鮮やかに重なった。



 そしてこんな死に絶えたような沈黙と薄明かりの日には、あの始まりに焦がれる。




 沈黙を壊す意思と、音に。


 光よりも俺が必要としているのは、多分それだ。








 さっき火をつけた煙草がフィルタ近くまですっかり灰になってしまっていた。全く口をつけないまま燃えてしまったそれを、君は可笑しそうな目で見る。でもそれは俺が吸わないまま煙草を灰にしたからじゃない。意地になって煙草に火を着け続けたからでもない。


 気付いていたからだろう?
君がさっきまで読んでいた本と俺の話が完全に合致していることに。
 タイトルも知らないなんて嘘だ。その本は俺が書いたんだから。



 本と俺と、どっちが興味深い?


 今から好きなほうに、

 君が行きたいと思う世界に、



 さあ、
 手を伸ばしてみて。


 それからその前にもうひとつ。
 君は本当に外が雨だと思っていた?


 俺は知っていたよ、ほら。雨なんか一滴も降っちゃいない。


 見てみるといい。カーテンをその手で引いて。



 翳(かげ) っていた太陽が、



 今丁度、目を覚ますところだ。





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いつもありがとうございます!遠藤ユキ様(android-net)の18400ヒットリクエストで「New World」でした。
新世界という単語はあえて避けつつ、でもニヤリとしてもらえそうなところを狙って。
AWAKEのときのオフィシャルの冷たさと眩さの同居してる雰囲気、凄く好きでした。
楽しかったのでまたリクエストください〜v

しかし……ひっさびさに書きました(笑)

2005.10.18 



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