c a n n i b a l  s e n t e n c e




中世の金持ちが使うような、幅が細くて矢鱈長い食卓に着きながら、さりげなく辺りを見渡す。

内装も空気も澱んだセピア色をしている。部屋の天井は高く、重厚な白の回り縁が張り巡らされていて、単なる洋館よりはずっと上等な雰囲気を湛えていた。しかし何故か、ルネサンスの退廃と背徳に似た、先の暗い不安も漂っていて、私を嫌な気持ちにさせる。褪せた絵画を見たときに湧き上がるような遣る瀬無さについても伝えておきたいのだが、それは非常に言葉にし難い(それに、人がそのような感情を抱くのかどうかも私には分からない)。

今体験している時空間は随分昔に保存されたものだろうか?……
……この「現在」は再生されている過去なのではないだろうか?

時間の感覚と経過、そしてそれにまつわる不安じみた虚脱感はこんな言葉で伝える事は出来ない。



説明が遅れたが、私達が着いている食卓の細さときたら短辺にひとりがやっとだ。幸い長さが大分有るので、長辺に着席することでなんとかスペースを確保出来る。ただし、それも互い違いに着席しないと、他人と足がぶつかってしまう。

テーブルには白いたっぷりとしたテーブルクロスがかけられている。一方食卓自体には色気の欠片も無い。灰色の肉がアルミのバットや何の変哲も無い白い皿に無造作に積上げられている。横には野菜も何も備えられていない。ただ茹でられただけの肉が、灰汁と茹で汁と一緒に無造作に乗せられている。とても盛り付けてあるとは云えない有様だ。しかもバットや皿を広げるスペースが無いので、皿に乗せた肉の上に更に皿を重ねたりしてある。

私はそのテーブルの長辺の一番端に座っている。(あの例の一人が座るのが精一杯の)短辺には兄、私の右隣が母、その隣が父だ。母は皿に私の分の肉を取り分けながら、そっと囁く。「お母さんの言いたい事、わかるよね?」ああ、分かる。分かっている。……これは人肉だ。そして気付かないふりをして(或いは気付いていたとしても)何食わぬ顔で食べなくてはいけない。


食べなくてはいけない。
でなくては私達の命が危ない。
私達は家族で誘拐されてしまった。云う事を聞かなくては、これを食べなくては生かしておいて貰えない。



まるまると肥えた首謀者は私の右斜め前に座っている。偉そうにふんぞり返っているが、もしかすると余りにも肥えていてきちんと座ることが出来なかっただけかもしれない。彼は自ら肉に手を付けることは無く、身体に対して小さすぎる椅子にふんぞり返って、満足げに私達を眺めていた。


兄の目の前で空になった皿が取り除かれる(彼は既に食べている)。皿の下にあったのは銀色のアルミのバットで、縦に両断された人間の頭部を丸ごと茹でたものが乗せてあった。髪は綺麗に剃られている。中まで火は通っているようだが、その色は随分時間が経った死体に似た灰褐色をしており、一目見る限りは調理されたとは分からない。脳や目玉、口腔、舌、食道などといった部分は形を止めたままで残っている。その隣にはくすんだ紫、青、黄色の内臓が選り分けられる事も無く積上げられている。

兄は何食わぬ、しかし知っている者が見れば苛立っていると分かる様子で何処かの肉を手づかみで取る。その肉は鳥の腿肉に似た形をしていた。二つに折れていて、掴みやすい骨がある部分だった。しかし口に運ぶ時に形は変化しており、丸くぐにゃりとしたフォルムから私はそれが内臓だと気付いた。あれは肝臓か。じゃあレバーだな。他の部分よりは少し食べやすいのかもしれない。でも、他の動物のレバーと同様の味がするかどうかは分からない。彼は苛立っている。食べなくてはいけない。こんなものが一体如何したという素振りで。彼は苛立っている。命を掌握されている事と、この下らない催しに。

肉は物によっては豚や牛の肉と同様にスライスしてある(あるものは解体されず「そのまま」だ)。本当に茹でただけで、味付けもなにもされていない。箸で数枚の肉を一度に掴み、皿の上に取る。肉なんてそもそもグロテスクなものだが、こんな風に出されると更にグロテスクだ。差し出され方にも、取り方にも、食べ物への敬意は微塵も払われておらず、食物の尊厳は何処にも無い。ただの茹でた「肉」。食べるのに支障をきたすような匂いや味はないが、肉そのものにも味が無いので、家畜の安肉よりも旨く無かった。


私が再び兄を見たとき、彼は心臓に手をやっていた。周囲の血管が幾つも長く繋がったままの心臓は、薔薇色と青と紫が複雑に入り交じっている。彼は無理にそれを頬張って咽喉をつめた。今になって思うことだが、あんな筋肉の発達した部分を良くかまずに飲み込もうとするからいけないのだ。彼は咽喉をつめて苦しそうだ。左の鼻腔に白いゴムの膜が詰っていて、膨らむ。呼吸をする度に、それは膨らんだり鼻腔の奥にはりついたりする。私は助けてあげたいので主催者の豚野郎にそれとなくお願いをしてみるが、奴は「でも今外したらXXが破裂してしまうかもしれない」などと、ゆっくり、しかし微かに笑いながら云った。それは困る。破裂してしまったら尚の事身体に良くない。死んでしまうかもしれない。憎たらしい豚野郎。でもこいつが私達の命を掌握している。



…………夢は其処で終わった。










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