c o n f e s s i o n a l



 棚はほとんど全てが本と紙で埋まり、床の彼方此方にもファイルが積み重ねられていた。



 無数の分厚いノートが、部屋の壁にリベットで隙間無く打ちつけられている。寝ていようが食事をしていようが、書き物をしたいと思った時に机へ向かう必要はない。壁の余白に書き付ければいい。時間が無ければ要点のみを書き留めて、後で頁を剥いでもいい。



 慎ましい調度品に混じって、樫の木で出来た大きな箱がある。
 縁に豪奢過ぎぬ細工が施され、一部には深紅の別珍が使われている、なかなか美しい箱だ。



 彼はその箱をとても大事にしていた、というのは、あまり正確な表現ではない。彼はその箱を必要としていたし、彼を助けてくれるその箱は崇めすらされるものだった。





 箱とは、懺悔室のことである。





 片方の小部屋に彼、もう片方の小部屋には神父。通例通り彼は神父と顔を合わせたことは無かった。神父は自分の事を何一つ語らず、いつも静かにやってきて静かに帰って行った。


 ただ告解を行うときだけは別で、二人は頻繁に、しかも懺悔室らしからぬ激しさを以って語らった。
 告解、陳述、説教。嵐が去った後、二人は別々に懺悔室を後にする。誰にも言えない秘密を唯一この箱の中だけで他人に打ち明け、お互いの姿を見ることは無い。そしてそれ以外の時間、お互いを気に掛ける事もない。
宗教的な行動の割にそれはとてもドライな契約で、その気軽さが敬虔でもなんでもない彼には有難かった。



 なにぶん彼は忙しい身の上なので、直に自分が入って告解を行えるのは稀である。そんな時はどうするのかというと、懺悔室をメールボックス代わりにする。彼は就寝前に書きとめた罪のキイワードを、苛まれた激情についてのメモを箱の中に放り込む。神父は返事を書くことはない。何故なら彼の懺悔においての最初の仕事は待つことで、道行く人々を懺悔室へとしょっ引いていくことではないからである。



sigh.




 彼は手に大量の紙を抱えて懺悔室へと入る。そしてそれに基づいて懺悔と陳述を行う。彼は懺悔を終えると、紙を小さな郵便口から神父側の小部屋へ押し込む。そうやって神父に押し付けて帰ってしまう。彼はもう入用の無い紙を大事にはしないが、神父はきっと紙を整頓し、大事に保管していることだろう。



 兎に角静かなのが神父の特徴で、それ故に激情家の彼とはよく衝突した。いつも先に手を上げるのは彼のほうだった。手にした紙を小さな格子窓に叩きつけ、懺悔室から出て部屋中の棚をヒステリックに引っ掻き回す。神父側のカーテンを勢い良く引いて冒涜的な言葉を並べ立てるが、神父が余りにも動じずに居るので彼は余計に激昂する。同時にそんな事をしている自分に対して孤独と羞恥も感じているので、結局部屋そのものから出て行ってしまう。



 開かれた神父側の小部屋には、押し込まれた大量の紙と音声を録音する機械が詰め込まれているだけで、(そう、ご想像の通りに)神父の姿は何処にもない。



 鍵すら掛けられなかった部屋では、棚の、床の、壁の紙が、かさかさと囁いている。その一部は彼を追うかのように外へと滑り出て、風に舞い上がっていた。



 案ずる事は何も無い。
 彼はまた部屋へと、そして箱へと、帰ってくるから。
 今までもそうだったし、そしてこれからもそうする以外、
 彼に残された選択肢は存在しないのだ。





 
 後書
 2005霜月11日。リハビリ。
 精しい事に関してはノーコメでお願いします。
 『岸辺露伴は動かない』を思い出した貴方はかなりの荒木スト。








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